解釈改憲 なぜ焦るのか(2014年6月)
【 2014年6月 中日新聞の投書欄に投稿。一部修正されて掲載 】
下手に政治的信念に拘りすぎて、焦るべきでないことを焦るのはなんと厄介なことだろうか。
閣議決定で憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使容認を進めようとする安倍政権。彼らには将来的な国家象にも大きな影響を与える政治的イシューに対する慎重さ、国民的議論や理解を深めようとする丁寧さが欠けている。
限定的だろうが何だろうが集団的自衛権の行使容認という「目的」を達成するために、閣議決定での憲法解釈変更という「手段」で済ませてもよいのかという疑義に正面から明確かつ論理的な回答を提示できていない。
一政権が閣議決定で憲法解釈を変更するのは、立憲主義を尊重する精神に欠け、過去・現在・未来の国民に対する政治的責任に欠ける行為だ。
閣議決定での憲法解釈変更という限りなく黒に近いグレーな「手段」で、集団的自衛権の行使容認という「目的」を達成しても、今後の政権に余計な宿題を残し、今後の日本に余分な不安の種を残すだけだ。